2009年10月13日 (火)

雲海番終わっても、国見ヶ丘へ

 0982.TV(http://0982.tv/)や地元M紙を読んでいる方はもうご存知だと思うが、さる11日早朝、待ちに待った今シーズンの「初雲海」が国見ヶ丘から確認することができた。9月から晴れ続きや雨続きという、雲海が発生しにくい天候が続いていたので、例年になく遅い「雲海初日」となってしまった。
 何はもとあれ、これで地元メディアとしての「雲海番」の今年の務めは終了し、早朝の国見ヶ丘通いからは解放された…はずなのだが、実はまだ続いている。9月に国見ヶ丘通いを始めてから間もなくして、「どうせ早起きして出かけるのなら」と雲海の図柄など数種類の絵葉書を持参し、お客さんに直接販売するようになったのだ。
 撮影のため国見ヶ丘に通っていると、雲海に対する知識がないまま登ってくるお客さんが多いことに気づく。雲海が毎日出ると思っている方、普通の霧と雲海の区別ができない方も少なくないのだ。特に、マイカー客の皆さんにはタクシー利用のお客さん(運転手が説明などしてくれる)と違って解説してくれる人がいないため、実際に来てから戸惑うことも多いようだ。で、僕がいろいろ説明してあげたり、カメラのシャッターを押してあげたりするだけで、とても喜ばれる。特に雲海も霧も出ていないときは、そういう需要が多いものだが、逆に「極上の雲海」のすばらしさを伝えるのは難しい。
 そこで、絵葉書持参を思いついた。そこに写っている雲海を見てもらいながら説明し、同時にそれを拝む事の難しさ(僕は絵葉書にしている雲海を撮影するため、約1ヶ月半通った)を伝えるととても喜ばれるし、それで絵葉書が1枚でも売れればこちらも助かる。
 また、今まで絵葉書販売のほとんどを道の駅や土産店、旅館などに委ねていた僕にとって、お客さんのナマの反応を感じながら売ると言うのも新鮮なものがある。特に、お客さんが「ありがとう」と言いながら絵葉書を買って行ってくれることが多々あることと、決して多くはないが、写真を撮りに来たアマチュアカメラマンの方たちが僕の絵葉書を買くれることがあるのは、とても光栄なことだと思う。
 近年の宮崎・高千穂ブームのお陰か、かつて(6年前)撮影のために通った頃より雲海目当てのお客さんも増えている。はっきり言えば、この絵葉書の売上も馬鹿にならず、仕事が減って前にも増して苦しくなった家計の足しになっている。雲海のシーズンは11月いっぱいくらいまで続く。僕の国見ヶ丘通いもまだしばらく続きそうだ。

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2009年9月21日 (月)

雲海…(ビミョーに)初日ならず

この「シルバーウイーク」の期間中、天候の良し悪しにかかわらず毎朝6時前後に国見ヶ丘展望台に通っている。雲海の撮影もさることながら、展望台に集まっている観光客相手に雲海の写真で作った絵葉書を見てもらい、一枚でも買ってもらおうという魂胆だ(仕事が減って、大変なんですよ…)。
実際、まだ「雲海宣言」が出ていないのに、早朝の国見ヶ丘の混雑ぶりはすごいものがある。「宣言」がでたらパニックになるんじゃないかと、心配になるほどだ。その割には絵葉書の売上が伸びないなぁ…。
それはそれとして「雲海」そのものについて。昨日、一昨日は好天続きで空気が乾燥し、予想通り雲海はほとんど発達せず、かろうじて霞(かすみ)がかかった、と言う程度だった。今日はさらに雲が出て冷え込みも緩むという天気予報だったので、全く持って雲海は期待できない、と踏んでいた。早朝に起きて車を走らせている途中も、霧が少し上方に出ているだけで、市街地が濃霧に包まれる雲海時とは明らかに違う状況だった。
ところが!いざ展望台に上がってみると、霧が思いのほか低いところで層を成しておいる。集まった数百人の見物客は「雲海」に大喜びだ。しかし、問題があった。国見ヶ丘から見下ろした時、一番手前の重要な部分(ちょうど高千穂峡に当たる辺り)が広くすっぽりと抜けてる。そこから奥の高千穂の市街地付近から奥だけみれば、確かに雲海と言えなくもないが…。
「高千穂の国見ヶ丘の雲海」というものは、気象現象である以上に、名物的景観である。一般の見物人にとって今日の「雲海」が「雲海」に見えたかどうかは各自の印象の問題で良いとして、メディアとして「雲海初日宣言」を出すかどうかの判断は、それが「高千穂の国見ヶ丘の雲海」として相応しいかどうかの判断でもある。客観的基準があるわけではないので、非常に判断が難しい。ただ今日のところは、重要な部分に大きく「穴」が開いていることなどから、「これは雲海初日ではない」と判断した。
今日は現場に僕と地元紙の記者氏の二人しかメディア関係者がいなかったのだが、記者氏は「雲海初日宣言」の見送りにやや難色を示した。その気持ちも分かる。ふたりで話し合い、結局「雲海初日宣言」は見送られることになった。もし他社も揃っていたら、また別の判断が下った可能性もある。そのくらい、難しく微妙な判断なのである。

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2009年9月10日 (木)

国見ヶ丘、雲海…ならず

高千穂、というか宮崎県北部でマスメディアに関わっている人間にとっては、9月は「雲海番」の季節。そのシーズンの「初」雲海を撮り逃さないよう天気予報と空模様がいつにも増して気になり、その可能性があるとなれば、高千穂市街地の西にある高台「国見ヶ丘」へと未明から車を走らせる事になる。
この秋としては冷え込んだ今朝、僕は今年初めて早起きして国見ヶ丘に出向いた。とは言え、今朝は雲海が出る気象条件が揃っていないことは前夜から承知していた。ただ、早朝の国見ヶ丘には久しく行っていないので、「初日」に備えて下見しに行ったというわけだ。展望台には数人の見物客が来ていた。空気は予想通り澄み渡り、かろうじてわずかな霧が漂っていただけだった。日の出の時刻は6時09分だった。

高千穂地方の今朝の最低気温(アメダスによる実測値)は約14度、風はほぼ無風だった。しかし、このところの好天続きで湿度が足りない。週間予報を見る限り、水分を補給してくれる雨はしばらく期待できそうにない。
ちなみに昨年の雲海初日は10月2日。最低気温は約12度だった。今年はいつになるかな?

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2009年8月10日 (月)

防水仕様

7月に梅雨明けした(気象台の勇み足だろうと思っているが)後、天候不順が続いているが、おかげで雨のに濡れながらの取材・撮影が最近多い。昨日もシトシト雨の中で行事の取材をしてきたところだ。
こんな天気を予想していた訳ではないが、実は先月携帯電話を防水仕様のモデルに買い替えていた。雨が降っている時に電話やメールを使う機会はさほどないのだが、持ち歩く際に水濡れに気を遣わなくてもよいのは助かるし、ネットで天気情報など確認できるのも便利だ。そういえば、かつては腕時計だって非防水が当たり前だったが、今では防水の物が珍しくない。携帯電話も防水モデルが増えているし、今後は防水仕様がメジャーになっていくのかも。
もうひとつ防水性能で助けられているのが、愛用のデジタル一眼レフカメラだ。オリンパスE-1という機種で、カタログ的にはたしか「防塵防滴」となっていた。しかし僕はこのカメラを抱えたまま沢に落ち水没させたが、浸水もなく無事だった経験があるので、防水の実力は高い。雨くらいぜんぜん平気で、濡れた状態でも撮影ができる。現行後継機のE-3でも雨中撮影をメーカーが保証しているらしい。他の記者達が雨の中カメラを気遣いながら撮影している隣で、雨を気にせず取材を続けられるのは、ちょっと優越感を感じる瞬間だ。

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2009年7月10日 (金)

七夕の願い事

七夕の願い事
七夕の日に4歳の長男が幼稚園で笹に飾ったという短冊を持ち帰って来た。おおかた「アン○ンマンになりたい」とか「トー○スに乗りたい」とか書いたのだろうと思ったら…なんと、わが家の三匹の動物家族たち(ヤギ、猫、犬)を気遣う内容。
日頃から気のやさしい奴だとは思っていたが、親の器をとっくに追い越しているのかもしれない。

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2009年6月 4日 (木)

明日は環境の日

毎年この時期になると考える事がある。なぜ6月5日の「環境の日」は祝日にならないのだろうか?

そもそも、6月5日が国が定める「環境の日」であることをご存知の方はどのくらいいるだろう?
もともとこの日は1972年の国連人間環境会議(ストックホルム)の開催を記念して定められた「世界環境デー」(会議の初日が6月5日)である。しかも、それを提案したのは日本の代表団だったそうだ。
ただ、国内で「環境の日」が「環境基本法」第10条によって定めされたのは1993年の事。ストックホルムでの会議から21年後、いわゆる地球サミット(国連環境開発会議/リオデジャネイロ)の翌年のことだった。
それまでも6月5日からの1週間を「環境週間」としてはいた(現在は6月全体を環境月間としている)とはいえ、「世界環境デー」の発案当事者が日本である事を考えると、「環境の日」制定までなぜ21年もかかったのか?そして(確かに環境基本法には祝日にするとは書かれていないが)さらに16年を経過し「環境」が日常に浸透した今でも、この日を祝日にしようという機運はないようだ。

毎年、この時期には環境省・東京都などの主催でエコライフ・フェアという行事が東京で開催されているらしいが、地方に住んでいるとほとんどその影響は感じない(東京では盛り上がっているのだろうか??)。地方自治体でもがんばっているところはあるとは思うが、現状は寂しい。

何も祝日にしさえすれば良いというものでもないだろうが、6月はゴールデンウィークと夏休みの狭間にあって祝日が一つもない。6月上旬ならまだ梅雨入りしていない地方も多いし、梅雨入りしていていも大雨はまだ少ない。行事を企画するには悪くない頃合いだ。「環境の日」の認知度を高める意味もこめて、そろそろ祝日化を真剣に考えてほしい気がする。

環境省(環境の日に関する説明)
http://www.env.go.jp/guide/envdm/index.html

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2009年5月14日 (木)

ラジオ出演

 先日のクマ(?)目撃の話が各紙で報道されたおかげで、いままで表に出てなかった近年の目撃情報(2件)や関連する情報が2人の方から届いた。これらについては、詳細の確認などができたら、またご報告したい。

 今日はとりいそぎ、今夜急に決まったラジオ出演(2つ)のお知らせ。もちろんどちらも話題は今回のクマ騒動について。電話による生出演。

5月15日(明日だよ!!)
MRT宮崎放送(宮崎県内) http://www.mrt-miyazaki.co.jp/
8:30- バリッと朝!(出番は9:20頃)

5月20日(来週水曜日)
RKB毎日放送(福岡県内) http://rkbr.jp/
7:00 - 中西一清スタミナラジオ(出番は8:10頃)

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2009年5月11日 (月)

ひさびさにクマ?情報2つ

少し前にクマ探し活動に復帰したばかりなのだが、不思議なもので直後にクマと疑われる動物の目撃情報が2つ入って来た。4月下旬のことだ。
公表が少し遅れたが、これは当事者への聞き取りに多少手間取ったことと、クマかどうかに着いて決め手に欠いたこと、そして大型連休中の行楽や登山(特に各地で開催された山開き)に悪影響(風評被害)がでるとまずいと判断しての事で、役場や警察などの関係機関には先月下旬に第一報を入れてあった。

今回は地元のベテラン猟師の証言が含まれている点が貴重だ。さらに1件は一時的に捕獲したというのだからすごい。僕もクマ探しを始めて10年9年(6/1訂正)になるが、こんな話は初めてだ。
結局、2件ともクマとは断定できない。ただ、特徴などがクマのそれと一致するし、他に思い当たる動物もないため、やはりクマだった可能性がある、という判断をしている。

何か関連するような情報をお持ちの方は、栗原までご一報を(メール tomo.kurihara@nifty.com
以下、本日一般に(特にマスコミに向けて)公表した報告文の内容(抜粋)。ただし、目撃者らの氏名などは念のため仮名にしてある。

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情報1(一時的な捕獲)

当事者
 A氏 高千穂町岩戸(土呂久 惣見) 農業 60代 男性
 狩猟は銃猟も含めて30年以上のベテラン。
 B氏 高千穂町岩戸(土呂久 惣見) 農業 80代 男性
 現場の直近に在住。

日時
 2009年(平成21年)1月15日
(罠は毎日点検しており、前日の点検では変わった様子はなかった)

場所
高千穂町岩戸の土呂久集落のはずれにある山林
竹林とスギ林の境界に設置された箱罠

状況
 B氏が朝(7時半から8時ごろ)、いつものようにA氏の箱罠(B氏宅から100mほど山林に入ったところ。高さ約90cm×幅約90cm×奥行き約185cm。格子は約8×約21cm。イノシシ用。エサは米ヌカ)を見に行くと、黒い獣がかかっていた。知らせを受けた猟の途中のA氏も一緒に再び罠を見に行くと、中に真っ黒な獣がうずくまっていた。毛づやがよかった(両氏)。 アナグマかとも思ったが、それにしては大きかった(B氏)。 見た事の無い獣(A氏)だった。顔の付近に白い所が見えた(A氏)。印象では体重30-40kgくらい(A氏)。首を上げないまま顔を少し横に振り、ジロリとこちらを見た(両氏)。 体を丸め込んでいたので四肢や尾の形状などは不明。
 他の猟師を呼ぼうと自宅に戻っている間に、たまたまやって来たC氏が促されて箱罠を見に行ったが、すでに獣の姿はなかった(獣から目を離した時間…A氏「10分くらい」、B氏「20-30分」)。付近には他に人はいなかった。箱罠が倒れたり壊れたりはしていなかった。
 B氏宅から罠までは50-100mくらい。間にはスギ林や竹林があり見通しは悪い。かかった獣がよほど大暴れすればB氏宅からでも物音が聞こえるが、扉が落ちたくらいでは分からない。
 箱罠の周囲には手を伸して土を引っ掻いたような後が地面に残っていた(写真あり)。
 箱罠にかかった獣が自力で脱出した、という経験はない。
 あとから「もしかしたらクマだったのか?」という話になった。

栗原による所見
 地元のベテラン猟師が至近距離で見た上で「見た事の無い獣」と語っている、非常に貴重な証言である。反面、そのような好条件ながら、丸くうずくまった姿しかみておらず、情報が限られているのが残念である。

 罠にかかったはずの動物の姿が消えた、というのが不思議である。 箱罠の落とし扉にはロックがかかっており簡単には出られないはずだ。
 まず、誰かが獣を放すためにロックを外した可能性を考えた。当事者らに関してはクマ禁猟に抵触することやタタリの伝説などを心配した、などの動機が考えられるものの、実際にふたりに別々会って話を聞いた印象では、この二人にそのような行為があった(嘘をついている)とは考えにくかった(もしそうなら、最初からこの話を秘密にすればよい)。また他に人がいたとしても、他人の罠にかかっている動物をわざわざ放すだけの理由が見つからない。

 証言が正しいとすれば、動物が自力でロックを外し扉を開けて脱出した可能性が高い。ロックは高さ90cmの天井部分に乗っている鉄棒を少し持ち上げるだけで外れるが、同時に扉を少し持ち上げなくては開かない。このため、両前足などを使って鉄棒と扉を同時に持ち上げるような動きをする必要があると思われる。このような動作を野生動物で考えると、可能性は限られてくる。
 なお、扉は大人の男性なら片手で持ち上げられる程度の重量なので、ロックが外れてしまえば、少し開いた扉の下に顔を突っ込んで扉を押し上げながら外に出る事は可能だったろう。
 上記のような行動に加え、黒い姿、ベテラン猟師に判別が出来なかったなどの証言から、クマだった可能性はあると判断した。

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情報2(目撃)

当事者
 C氏 高千穂町岩戸(土呂久 畑中) 農業 60代 男性
 狩猟の経験は無い。シカ、イノシシなどはよく見る。カモシカも何度も見た事がある。

日時
 2009(平成21)年4月20日 午前10時ごろ  天候は曇り

場所
 高千穂町岩戸の土呂久集落の東側。黒葛原(つづら)越えの近く。幅4.5メートルほどの舗装された林道(道元越線)の路上。標高約800m。
 前述の「一時的な捕獲」の現場からは東に約800mの距離。

目撃状況
 日課として軽トラの荷台に犬を載せ林道へ来ている。犬の運動のため、途中で犬を放し自由に走らせながら、1.2キロほど先(今回の目撃現場)で犬を再び荷台に載せて帰る。
 この日、車を止め外に出て、放した犬が来るのを待っている時、道路山側の崖の上の方でガサガサと物音がした。犬はまだ来ていなかった。何だろうと見ていたら、山の崖を黒くて大きな獣が駆け下りて来て道路を横断し谷側の小さな土手を越えて下の林に消えた。目撃者との距離は約70-80メートル。
 動物の姿を左斜め後方から見た。全身真っ黒で、体つきは丸く、首は短く、シッポは見えなかった。シカなどと違い、「ノッシノッシ」という感じの走り方だった。30-40貫(1貫は3.75kg)あると思った。
 直後に動物が越えた土手を見た。土を踏んだ跡はあったが、ヒヅメの跡はなかった。
 直後に追いついて来た犬は、普段シカやイノシシなら追って行く(猟犬ではないため、深追いはしない)のに、匂いを気にしながらも動物の後を追う様子は無かった。

現場状況
 現場となった林道は幅4.5メートルほどある広い農道で、当時の目撃者と動物の間(約70メートル)は勾配の無いほぼ平坦な区間、わずかなカーブがあるものの直線で見通せる。遮蔽物などは一切なし。道を覆うような木は無く、日中は十分明るい。
 動物が駆け下りて来たとされる崖には、複数の獣道(おそらくシカを中心に利用されているもの)が確認できた。


栗原による所見
 今回の目撃者は、現場付近の村の地元住人である。狩猟の経験は無いが、普段からシカ、イノシシに出会う事は珍しくなく、ニホンカモシカも何度も見ているという。この一帯に普通に生息する中大型獣を見間違える可能性は、他県からの登山者などに比べるとかなり低いと思われる。
 また目撃時の状況も、本人は車から降りた状態で、物音に気づいて注視していた時のことであり、明るさや見通しの点でも条件は良く、一瞬の出来事でやや遠かったとは言え、しっかりと目視できる状況であったことろうと、考えられる。
 また一貫して「クマ」とは断定せず、「(見た事のない動物なので)あれがクマなのかも。」という表現をしている。これは目撃者が非常に冷静かつ客観的な観察と判断を行っていることの現れであると言える。
 以上を踏まえて目撃者の証言内容を見ると、カモシカなどの誤認の可能性は低いと言わざるを得ない。
 一方で、正面や真横からの姿を見ていない、立ち上がるなどの独特の行動を見ていないなど、この動物をクマと結論づけるには、 情報が不足している。ただ、クマであったとして矛盾する内容は、証言の中にはない。以上を総合し、やはりクマであった可能性があると判断した。
 なお、「30-40貫」という大きさは112.5~150kgに相当し、もしツキノワグマであったなら、かなりの大物ということになる。ただし、こうした突発的な目撃ではしばしば実際よりかなり大きく感じてしまうものなので、実際にはずっと小さい動物であったろうと推測する。


関連情報
 2001年4月1日夜、土呂久集落から西に1km ほどの林道で、登山客がクマらしき動物に遭遇する出来事があった。(各紙報道)

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2009年5月 1日 (金)

棒術手習い

 高千穂で夜神楽や神社のお祭りを見た事がある人なら、神楽の面や衣装を着けた人たちと前後して、白装束で棒を構えた人たちを見た事があるかもしれない。いわゆる「棒術」で、高千穂の各地に伝わっている伝統だ。本来は武術として伝わっていたものらしいが、現状ではやや形式化しておりお祭りなどの場で「型」が披露されている。
 僕が今住んでいる岩戸の寺尾野という地区も、棒術を伝える地区のひとつだ。一昨年、ここに空き家(今の家)を見つけて転居を決めた時、そんなことは全く意識してなかった。だから、転居後に地元棒術の代表の方が来て「各戸から男子1名が参加する習わし」と言われた時は、正直戸惑いを感じたものだ。まだ不慣れな環境の中で生活を整えるのに精一杯で、結局一度練習を見学させてもらっただけで、1年近く参加しないままになっていた。幸いだったのは、そんな僕に対し地区の皆さんは文句一つ言わず、こちらがその気になるのをじっと見守って下さったことだ。
 転居後1年以上が経って生活にも落ち着きが出て来た。今年からは参加しないと悪いなぁ…と思っていたところに、町内のある会社からの依頼で、天岩戸神社の春祭(5月2・3日)について紹介する短い記事を書く事になり、その中でこの棒術についても取材することになった。古くからの地区の住人の方をこちらから訪ねて話を聞いたり、古文書を見せてもらったり。棒術の詳しい歴史などについては不明な点が多かったが、ともあれ自分自身としても積極的に棒術に関わろうと言う気持ちが整うのを感じ、こちらから参加を申し出た。(ちなみにこの記事は「高千穂観光WEB」に掲載されている)

 神社の春祭に向けての練習は4月末の3日間、毎晩1時間行われた。町内のホームセンターで売られていた丸棒を手に手ほどきを受け、何とか基本の型を覚えたところだ(まだかなり怪しいが)。実際やってみると、姿勢が良くなったような気がするし、なかなか良い運動のように思う。近年はいわゆる古武術での体の動かし方が見直されていると聞くが、棒術の型にもそういう要素が含まれているのかもしれない。もし本格的な武術であったならこちらも尻込みするが、型を披露するだけなので僕みたいなのにはちょうど良いのかも。

 今回の祭では僕は0982.TVの取材をしなくてはならないため、棒術の本番デビューは夏頃の他の祭までお預けとなりそうだ。

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2009年4月20日 (月)

知事に会い損ねた!

 この週末、僕と妻は体調を崩していた。その前に風邪をひいていた息子2人と入れ替わりで僕ら夫婦が胃腸炎をおこしたのだ。どうも、妻がどこぞで「感染性」のそれをもらってきたらしい。僕はまだ軽症な方だったが、もともと胃の弱い妻は状態が悪く、病院で点滴を受ける羽目になった。
 この関係で、週末に高千穂町内で開催されたマラソン大会の取材に行けなくなってしまった。何せ、あの東国原知事がランナーとして参加することになっていたのだから、とても悔やまれる。遠目で見るだけとかならともかく、今や僕も報道関係者の一人なので、間近に会ってインタビューしたりするチャンスだって十分にあったのだ。別に何か特別に聞きたいことがあった訳ではないのだが…。こんな田舎町で取材活動していると、会えるチャンスなんて滅多にあるものじゃないしね。
 マラソン大会を0982.TVの記事にするため、やむなく役場の広報担当者氏にお願いして、写真や概要を送ってもらった(不本意ながら、直接取材が出来なかった場合には、こういう手を使います)。そしたら送られて来た写真の5枚中4枚が知事のもの。あー、くやしい…。

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