2014年1月 4日 (土)

おみくじ帳

 明けましておめでとうございます。今年もまた年賀状をサボってしまいましたので、私からの年賀状が届かないとお嘆きのあなた!あなただけではありませんのでご心配なく。お正月ということで、今日はそれらしいお話を。

 普段神社に行かない方でも、お正月の初詣くらいは…と言う方も多いでしょう。で、お参りがすんだらお守りを買って、おみくじ(御神籤)を引いて…と。さて、その引いたおみくじ、皆さんはどうされていますか?そのまま神社に生えている木の枝や、境内に設置してある「おみくじ掛」に結びつけて帰る方が多いかも。

 でも、ちょっとネット検索とかで調べてもらうと分かるのですが、おみくじを神社の木などに結びつけて帰るというのは、「縁結び」などの意味合いがある場合を除くと、ほとんど俗習のようです。「おみくじ掛」も、神社としてそこに結びつけて欲しいわけではなく、境内の植木をおみくじから守るための自衛手段にすぎないとか。「凶くじは結んで帰る」などの俗説もあるそうですが、そもそも神社で頂くものに(大吉だろうが、凶だろうが)縁起の悪いものなどあるはずがありません。

 この高千穂の地で神社大好きな相方と暮らしていますと、神社参りをしておみくじを引く機会がやたら多くなります。家族全員で参った日など4枚のおみくじが手元に残ります。そんなおみくじを保管するために、当家には「おみくじ帳」なるものがあります。この「おみくじ帳」は、今から6年ほど前に私の思いつきで始めたものなのですが、普通のノートに持ち帰ったおみくじを貼って、日付(くじに書かれていなければ神社名も)と引いた者の名をメモっておく…それだけのものです。
 実は、以前こんな体験をしたことがキッカケでした。
 ある神社でおみくじを引いた所、少し前に別の神社で引いたおみくじと内容がそっくりでした。帰宅して前のおみくじを探してみると、全く同じではないのですが、確かにキーワードや主旨がとても良く似ています。また別の機会には、本当に全く同じ文面のくじ(くじの番号が同じ)を引いた事もあります。こうして、おみくじは単なる「偶然」ではなくて神様からの明確なメッセージなのだ、と感じるようになったのです。
 子供がだいぶ大きくなった近年では、子供には「神様からのお手紙だよ」と教えています。それでもまだ次男は(福引きと勘違いして)「当り?」とか聞いて来ますけど。

 おみくじを「大吉」とか「小吉」とかの吉凶だけで一喜一憂するのは良くないそうで、その他の文面、特に和歌や裏面に印刷されている「神の教」などの文章をしっかり読むべきとか。それにはやはり一旦持ち帰るべきだし、粗末にしないためにもノートに貼るなどして保管した方がよいと思います。そういう意味で、「おみくじ帳」はお勧めです。

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2010年12月20日 (月)

日神楽

 昨日は、地元上寺地区の日神楽だった。僕の住む集落が裏方の当番だったので、僕も朝から準備に参加した。この当番は3年に一度回ってくるらしいが前回はまだ引っ越して来てなかったので、僕は準備に参加するのは初めてだ。以前一度だけ、妻の実家の加勢でその地区の夜神楽の裏方を手伝ったことがあるが、今回は日神楽なので、準備は比較的簡単だ。公民館の中に机を並べて臨時の神棚を作ったら、竹や榊を立てて七五三縄を張れば「神庭(こうにわ)」の出来上り。正午から神職と地区の代表者たちが地区内4つの神社を回って神事を行った後、公民館に戻って全員で神事。舞い手さんたちの直会(なおらい)が済むと、いよいよ神楽の奉納だ。
 今年は取材の仕事がなかったりしたので、実はまだどこの夜神楽にも行っていない。だから僕にとってもこの日の神楽が今シーズン初見だ。焼酎をチビチビやりつつ、やって来た妻や子供たちと一緒に神楽を楽しく拝観させてもらった。やっぱり神楽はいい。最初は神楽面を怖がっていた次男(3才)も、僕のケータイを持たせて写真を撮させてみたら、なかなかの好ショットで驚いた(下)。
 7番の神楽奉納の後、片付けを済ませたら、そのまま「お約束」の飲み会だ。この時すでに結構飲んでいた僕は、はっきり言って、その後の記憶がない。とりあえず、今朝は上着を着たままではあったが自分の布団で寝ていた。久しぶりに二日酔いだ。

2010

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2009年10月13日 (火)

雲海番終わっても、国見ヶ丘へ

 0982.TV(http://0982.tv/)や地元M紙を読んでいる方はもうご存知だと思うが、さる11日早朝、待ちに待った今シーズンの「初雲海」が国見ヶ丘から確認することができた。9月から晴れ続きや雨続きという、雲海が発生しにくい天候が続いていたので、例年になく遅い「雲海初日」となってしまった。
 何はもとあれ、これで地元メディアとしての「雲海番」の今年の務めは終了し、早朝の国見ヶ丘通いからは解放された…はずなのだが、実はまだ続いている。9月に国見ヶ丘通いを始めてから間もなくして、「どうせ早起きして出かけるのなら」と雲海の図柄など数種類の絵葉書を持参し、お客さんに直接販売するようになったのだ。
 撮影のため国見ヶ丘に通っていると、雲海に対する知識がないまま登ってくるお客さんが多いことに気づく。雲海が毎日出ると思っている方、普通の霧と雲海の区別ができない方も少なくないのだ。特に、マイカー客の皆さんにはタクシー利用のお客さん(運転手が説明などしてくれる)と違って解説してくれる人がいないため、実際に来てから戸惑うことも多いようだ。で、僕がいろいろ説明してあげたり、カメラのシャッターを押してあげたりするだけで、とても喜ばれる。特に雲海も霧も出ていないときは、そういう需要が多いものだが、逆に「極上の雲海」のすばらしさを伝えるのは難しい。
 そこで、絵葉書持参を思いついた。そこに写っている雲海を見てもらいながら説明し、同時にそれを拝む事の難しさ(僕は絵葉書にしている雲海を撮影するため、約1ヶ月半通った)を伝えるととても喜ばれるし、それで絵葉書が1枚でも売れればこちらも助かる。
 また、今まで絵葉書販売のほとんどを道の駅や土産店、旅館などに委ねていた僕にとって、お客さんのナマの反応を感じながら売ると言うのも新鮮なものがある。特に、お客さんが「ありがとう」と言いながら絵葉書を買って行ってくれることが多々あることと、決して多くはないが、写真を撮りに来たアマチュアカメラマンの方たちが僕の絵葉書を買くれることがあるのは、とても光栄なことだと思う。
 近年の宮崎・高千穂ブームのお陰か、かつて(6年前)撮影のために通った頃より雲海目当てのお客さんも増えている。はっきり言えば、この絵葉書の売上も馬鹿にならず、仕事が減って前にも増して苦しくなった家計の足しになっている。雲海のシーズンは11月いっぱいくらいまで続く。僕の国見ヶ丘通いもまだしばらく続きそうだ。

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2009年9月21日 (月)

雲海…(ビミョーに)初日ならず

この「シルバーウイーク」の期間中、天候の良し悪しにかかわらず毎朝6時前後に国見ヶ丘展望台に通っている。雲海の撮影もさることながら、展望台に集まっている観光客相手に雲海の写真で作った絵葉書を見てもらい、一枚でも買ってもらおうという魂胆だ(仕事が減って、大変なんですよ…)。
実際、まだ「雲海宣言」が出ていないのに、早朝の国見ヶ丘の混雑ぶりはすごいものがある。「宣言」がでたらパニックになるんじゃないかと、心配になるほどだ。その割には絵葉書の売上が伸びないなぁ…。
それはそれとして「雲海」そのものについて。昨日、一昨日は好天続きで空気が乾燥し、予想通り雲海はほとんど発達せず、かろうじて霞(かすみ)がかかった、と言う程度だった。今日はさらに雲が出て冷え込みも緩むという天気予報だったので、全く持って雲海は期待できない、と踏んでいた。早朝に起きて車を走らせている途中も、霧が少し上方に出ているだけで、市街地が濃霧に包まれる雲海時とは明らかに違う状況だった。
ところが!いざ展望台に上がってみると、霧が思いのほか低いところで層を成しておいる。集まった数百人の見物客は「雲海」に大喜びだ。しかし、問題があった。国見ヶ丘から見下ろした時、一番手前の重要な部分(ちょうど高千穂峡に当たる辺り)が広くすっぽりと抜けてる。そこから奥の高千穂の市街地付近から奥だけみれば、確かに雲海と言えなくもないが…。
「高千穂の国見ヶ丘の雲海」というものは、気象現象である以上に、名物的景観である。一般の見物人にとって今日の「雲海」が「雲海」に見えたかどうかは各自の印象の問題で良いとして、メディアとして「雲海初日宣言」を出すかどうかの判断は、それが「高千穂の国見ヶ丘の雲海」として相応しいかどうかの判断でもある。客観的基準があるわけではないので、非常に判断が難しい。ただ今日のところは、重要な部分に大きく「穴」が開いていることなどから、「これは雲海初日ではない」と判断した。
今日は現場に僕と地元紙の記者氏の二人しかメディア関係者がいなかったのだが、記者氏は「雲海初日宣言」の見送りにやや難色を示した。その気持ちも分かる。ふたりで話し合い、結局「雲海初日宣言」は見送られることになった。もし他社も揃っていたら、また別の判断が下った可能性もある。そのくらい、難しく微妙な判断なのである。

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2009年9月10日 (木)

国見ヶ丘、雲海…ならず

高千穂、というか宮崎県北部でマスメディアに関わっている人間にとっては、9月は「雲海番」の季節。そのシーズンの「初」雲海を撮り逃さないよう天気予報と空模様がいつにも増して気になり、その可能性があるとなれば、高千穂市街地の西にある高台「国見ヶ丘」へと未明から車を走らせる事になる。
この秋としては冷え込んだ今朝、僕は今年初めて早起きして国見ヶ丘に出向いた。とは言え、今朝は雲海が出る気象条件が揃っていないことは前夜から承知していた。ただ、早朝の国見ヶ丘には久しく行っていないので、「初日」に備えて下見しに行ったというわけだ。展望台には数人の見物客が来ていた。空気は予想通り澄み渡り、かろうじてわずかな霧が漂っていただけだった。日の出の時刻は6時09分だった。

高千穂地方の今朝の最低気温(アメダスによる実測値)は約14度、風はほぼ無風だった。しかし、このところの好天続きで湿度が足りない。週間予報を見る限り、水分を補給してくれる雨はしばらく期待できそうにない。
ちなみに昨年の雲海初日は10月2日。最低気温は約12度だった。今年はいつになるかな?

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2009年5月 1日 (金)

棒術手習い

 高千穂で夜神楽や神社のお祭りを見た事がある人なら、神楽の面や衣装を着けた人たちと前後して、白装束で棒を構えた人たちを見た事があるかもしれない。いわゆる「棒術」で、高千穂の各地に伝わっている伝統だ。本来は武術として伝わっていたものらしいが、現状ではやや形式化しておりお祭りなどの場で「型」が披露されている。
 僕が今住んでいる岩戸の寺尾野という地区も、棒術を伝える地区のひとつだ。一昨年、ここに空き家(今の家)を見つけて転居を決めた時、そんなことは全く意識してなかった。だから、転居後に地元棒術の代表の方が来て「各戸から男子1名が参加する習わし」と言われた時は、正直戸惑いを感じたものだ。まだ不慣れな環境の中で生活を整えるのに精一杯で、結局一度練習を見学させてもらっただけで、1年近く参加しないままになっていた。幸いだったのは、そんな僕に対し地区の皆さんは文句一つ言わず、こちらがその気になるのをじっと見守って下さったことだ。
 転居後1年以上が経って生活にも落ち着きが出て来た。今年からは参加しないと悪いなぁ…と思っていたところに、町内のある会社からの依頼で、天岩戸神社の春祭(5月2・3日)について紹介する短い記事を書く事になり、その中でこの棒術についても取材することになった。古くからの地区の住人の方をこちらから訪ねて話を聞いたり、古文書を見せてもらったり。棒術の詳しい歴史などについては不明な点が多かったが、ともあれ自分自身としても積極的に棒術に関わろうと言う気持ちが整うのを感じ、こちらから参加を申し出た。(ちなみにこの記事は「高千穂観光WEB」に掲載されている)

 神社の春祭に向けての練習は4月末の3日間、毎晩1時間行われた。町内のホームセンターで売られていた丸棒を手に手ほどきを受け、何とか基本の型を覚えたところだ(まだかなり怪しいが)。実際やってみると、姿勢が良くなったような気がするし、なかなか良い運動のように思う。近年はいわゆる古武術での体の動かし方が見直されていると聞くが、棒術の型にもそういう要素が含まれているのかもしれない。もし本格的な武術であったならこちらも尻込みするが、型を披露するだけなので僕みたいなのにはちょうど良いのかも。

 今回の祭では僕は0982.TVの取材をしなくてはならないため、棒術の本番デビューは夏頃の他の祭までお預けとなりそうだ。

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2008年6月26日 (木)

初収穫

 昨年末の転居後、荒れ果てていた畑を整え直したところに自分で植えた野菜が実り始めた。
 最初はキュウリ。植えた2株から、食べごろのものから順に5本程収穫した。多くは、最近妻が始めた「ヌカ漬け」となって食卓に上がっている。
 ジャガイモは6株ほど植えていたのをつい先日掘り出した。「土寄せ」をちゃんとしなかったものだから、一部のいもが土から顔をだしてしまい、青くなってしまった。それでも食べられそうないもだけで8キロ程の収穫だった。
 ジャガイモ収穫の際、サヤインゲンのまわりに伸び放題になっていた雑草を取ったら、食べごろのサヤが房のような状態で現れて、大慌て。今日も味噌汁で頂いたが、たくさん採れたから食べきれない分は冷凍することになりそうだ。
 後はトマト、ナス、ピーマンの収穫は、まだもう少し先になりそう。梅雨が明けてからが本番かな?

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2008年5月 7日 (水)

神社巡り

 久しぶりに妻子を連れて町内の神社を参拝してまわった。この「神社巡り」は我が家にとっては、一種のレジャーである。連休中の混雑がウソのように静かになった天岩戸神社、高千穂神社、以前から良く行く八大龍王水神、子安観音(神/仏)、そして今回がはじめてとなった、現在住んでいる地域の氏神となる小さなお社2ケ所。
 この小さなお社2ケ所は、由緒などはよく分からなかったものの、なかなか雰囲気が良く、自然に囲まれた環境も良く、夫婦揃って気に入った。また、子供の散歩がてら来るとしよう。
 こういう小さくて目立たないお社がしっかりと地域で守り継がれているというのも、いかにも高千穂らしい。
 

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2008年1月 7日 (月)

おみくじ帳

 引越しと片付けは何とか年末に一段落し、正月は家族水入らず新居でのんびり過すことができた。初詣は元旦に長男が少し熱を出したのと寒波の襲来で2日と3日に出かけた。
 実は僕ら一家は、初詣などの年中行事とは無関係に、祈願することがあっても無くても、よく神社参りに行く。都会の一般家庭で言えば、休日に家族連れ立って公園に遊びに行くような感覚だろうか?
 で、これは特に妻が好きなのだが、おみくじもよく引く。昔は単なる縁起かつぎくらいにしか思ってなかったが、妻と一緒に神社通いをするようになって以降は、何やらその時々の自分達にふさわしいアドバイスが書かれているような気がしてならない。特に昨年は、あちこちで引いたおみくじの中で、良く似た内容のものや気になるキーワードが何度も出て来た。これが偶然とは思えなかった。
 僕らは読み終わったおみくじを神社境内の小枝などに結びつけて帰るのではなく、お守りだと思って持ち帰るようにしている。年末に他のお守りなどと一緒に神社に返納するのだが、毎年机の中やカバンのポケットなどを探すと沢山のおみくじが出て来て、いつどこでひいたくじか分からない。
 ま、それでも構わないのだけど、今回の初詣を期に、いつ、どこの神社で、誰が引いたのかメモを添え、読み返しやすいようにおみくじを貼付けるノートを作った。これが「おみくじ帳」である。
 そして今年の初詣。2日に妻が天岩戸神社で引いたくじと3日に僕が高千穂神社でひいたくじが、なんと全文同一の中吉。これには参りました!

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2007年11月 3日 (土)

夜神楽シーズン到来

 文化の日の今日、例年通り天野岩戸神社で「天岩戸神楽三十三番大公開まつり」という行事が開催された。毎年、夜神楽シーズンの幕開けを飾るイベントだ。
 昨年は妻子と3人で出かけ、息子が舞手にだっこされての「夜神楽デビュー」を果たした(注・子供をダッコして舞う風習があるのは、岩戸地区の「山森の舞」)。今年は次男を!と考えたが「生後3ヶ月でまだ首も座ってないのに無理!」と妻にあえなく却下され、断念。
 で今日は、残念ながら妻と赤ん坊はお留守番。長男だけ連れて夜8時過ぎから出かけた。境内に設えられた神楽宿に到着すると、「お、子供がおった!」とスカウトの声。なんと長男は2年連続で神楽舞にダッコで参加の名誉に預かった。
 昨年大泣きだった長男は、今年は舞が終わるまでケロッとしていた。その後は僕の膝に抱かれて終盤の舞を終わり真際の夜10時まで熱心に拝観しつづけた。さすがは神楽師匠として名高かった義祖父の血を引く子だ。本格的に舞でデビューできるのはいつかなぁ?

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