2008年5月 1日 (木)

子猫がやってきた

Kinako01
 3月から「予約」していた子猫がやってきた。3月に子犬(ぎん)を引取り出向いた際、この話を仲介してくれた友人宅に産後間もない猫の母子がいることを知った。すごく可愛い猫だったので、かねてより猫を欲しがっていた妻とともに即決した。
 当初は妻の希望で「2匹」と言っていたが、なにぶん子供の世話に明け暮れる毎日。思いとどまって1匹だけ引取ることになった。
 今週月曜日(4/28)に我が家にやってきた子猫は、3歳になったばかりの長男のよい遊び相手になっている。妻はトイレトレーニングに苦戦中だ。番犬の「ちゃー」は静観の様子だが、さすがに子猫のほうは恐いらしい。
 ちなみに、子猫は毛色から「きなこ」と命名。実はオスなのだが、どうせ来年には去勢する予定だし、女の子っぽい名前でもよいかな…って思って。
 これで我が家の動物家族はイヌ1(ちゃー)、ネコ1(きなこ)。妻の実家にイヌ1(ぎん)、ネコ1(はな)、ヤギ1(はいじ)。

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2008年3月22日 (土)

愛犬もやってきた

 先日の記事にも書いた愛犬「ちゃー(茶太郎)」を妻の実家から引取った。3年程前に飼い始めた当初から「いつかは一緒に暮らしたい」と思っていたので、やっと念願がかなった、という感じだ。
 しかし、先日やってきた子犬の「ぎん(銀二郎)」も、相変わらず我が家にいる。実は、妻の実家がイヌ探しを他にも頼んでいて、そちらでもほぼ同時に子犬が見つかったという。ま、そういう事なら「ぎん」は長男がとても気にいっていることだし、このままうちで飼いましょ。
 というわけで、我が家はイヌ2匹を家族に加え、さらににぎやかになった。
 ちなみち、いままで「ちゃー」と一緒に妻の実家で世話をしてもらっているヤギの「ハイジ」もいずれ引取る予定で、現在裏庭の荒れた茶畑をヤギ飼育用に手直し中だ。さらに妻の希望で子猫×2も手配済み。いずれ人間より動物のほうが多い家になりそうだ。

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2008年3月18日 (火)

子犬がやってきた

 我が家に子犬がやってきた。友人の紹介で譲り受けた生後3ヶ月程の雑種犬のオスだ。
 イヌといえばもう一匹、妻の実家で世話をしてもらっている愛犬・茶太郎(通称「ちゃー」)がいる。「ちゃー」は3年程前、年寄りだけになってしまった妻の実家が不用心だから、という理由で番犬用に飼い始めた。当時は本当にかわいらしい子犬だったが、今では立派な成犬となり、妻の実家を日夜守ってくれている。
 ただ…この「ちゃー」、猟犬の血を引いているのか、僕らがやんちゃに育てたのがいけなかったのか、やたら力も強くなってしまった。中型犬サイズなのに大型犬用の首輪や鎖が必要な程だ。おまけに気も強く、僕ら夫婦や実家の家人ら以外には容赦がなく吠えかかる。番犬としては頼もしいかぎりなのだが、体力の落ちた年寄りだけでは散歩などの世話がしきれなくなった。
 で、僕らも庭付き一軒家に引越したことだし、そろそろ「ちゃー」を引取ろうかとも思ったが、そうなると妻の実家に番犬がいなくなる。それはそれで年寄り達も不安だという。ならば、もう少し大人しい犬を探してみよう、ということになったのだ。
 そうして見つけたのが今日の子犬。引取る際にその親犬にも会ったが、実に大人しい。子犬も3匹いた中から「大人しくて人なつこい」というやつを選んだから、育て方を間違えなければ大丈夫だろう。
 子犬は今日のところは一旦僕らの家に連れてきた。長男がとても嬉しそう。近日中に「ちゃー」と入れ替えるつもりではあるが、保育園などに行っていない長男にとっては良い友だちになるだろう。
 ちなみに、名前は「銀二郎」(通称「ぎん」)と命名した。…深い意味はない。

Gin01

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2007年6月 8日 (金)

無事抜糸

 妻の実家で飼われているヤギの「はいじ」が鎌で大怪我をして2週間以上が経過した。腱を切断した右前脚には後遺症が残っているものの、傷そものもの回復は順調だ。
 で、先日僕の出張中に獣医師のところに行った妻が、「抜糸してい良い」との指示をもらった。…え?抜糸って自分でやるの?あいにく、事故直後の獣医師による処置の様子を僕はみていないので、どうやれば良いのかがよく判らない。
 とりあえず、脚を縛って動けなくしないと無理だなぁ。糸は切ればよいのかな?出張先の専門学校で僕と同じく講師をしている獣医師の先生たちをつかまえていろいろ教えてもらい、また獣医看護士向けのテキストを開いて保定方法について調べたり。
 今朝、妻子と共にヤギのところへ。我流のロープの掛け方で動きを封じて座り込ませ、妻が好物の草を与えながらなだめている隙に抜糸となった。
 「抜糸」といっても、妻に言われた通り、細い針金だ。ニッパーで切断しながら抜き取る作業となった。7針のうち脱落したひとつを除いて、すべてを無事に抜糸。
 ついでに、最近のび気味だった爪を切る。当のヤギは、縛られてからは大人しくしてくれていたため、作業は予想より短時間で終わった。

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2007年5月20日 (日)

ヤギの大怪我

 自宅で昼食後、「午後はイヌやヤギの相手をしてやらねば…」と思いつつもゴロゴロしているときのこと。妻の実家から電話で、ヤギの「はいじ」が大怪我をした、という。
 妻の実家へ行ってみると、ヤギは前脚の付け根あたりから大量出血だ。義祖母が必死に止血を試みている。何でも、義祖母が農作業に出るために繋がれていたヤギの前を通り過ぎようとしたとき、ヤギが立ち上がって後ろから乗りかかって来たらしい(そのようなことは僕らもよくされる)。そのはずみで義祖母が背負っていた背負いカゴの中に入っていた鎌が飛び出したようだ。気がついたら、ヤギが血を流していたという。義祖母が怪我をしなかったのは不幸中の幸いだった。
 傷はかなりの深手で、出血の具合から動脈を切っているのは明らかだった。しかも、なんとも止血のしづらい場所だ。獣医に助けを求めたが、日曜日でもあり私用で対応できないという。
 ヤギはどんどん血の気を失い、苦しそうな弱々しい鳴き声を上げ始めた。だめだ、助からない。僕も妻も、「はいじ」の最後を看取る覚悟をした。2ヶ月前にもう1頭の「くらら」をやはり事故で死なせた記憶が新しいだけに、悲しかった。
 しばらくして、僕は仕事上の急用が生じたため一旦その場を離れることになったが、その直後に状況が変わった。なんと、来てはもらえないと諦めていた獣医が駆けつけてくれたのである!
 後の妻の説明によると、妻と家人らでヤギを押さえ付け、獣医が傷の手当て・縫合を行ったという。仕事を片付けて戻った僕は、しっかりと4つ足で立ち、エサをねだるヤギの姿を見て安堵した。傷は痛々しいし、多量の失血で弱々しいが、どうやら命拾いしたようだ。無事に回復してくれるとよいのだが。

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2007年3月23日 (金)

くらら死す

 妻の実家で暮らしていた白ヤギの「くらら」(メス・推定5歳前後)が死んだ。今朝知らせを受け、妻の実家へ。もう1頭のヤギ「はいじ」(メス・2歳)が寂しそうに見守るそばで、「くらら」は横たわっていた。繋留ロープが激しくよじれて首を絞めたようだ。
 普段はとても大人しいヤギだったのだが、腹部が張っていたので、どうやら「鼓張症」を起こして苦しんだらしい。胃の中に異常醗酵によるガスがたまって呼吸困難を起こす病気で、穀物やマメ科食物を大量に食べた時に起りやすいと言われている。妻が昨日古くなったマメと残飯を与えたというので、それが「鼓張症」の原因だろうとは思う。しかし、決して「大量」ではなかったようだし、同じものを食べた「はいじ」は元気なのだから、致命症ではなかったのだと思う。
 「くらら」にとって不幸だったのは、最近繋留ロープを作りなおした時「なぜか良く外れるから」と、「より戻し」機能のついたスナップ環を外して首輪に直接ロープを結びつけたこと。そして、そのロープを小屋の中では比較的短く結びつけていたこと(おてんばの「はいじ」は長く繋いでいた)。このため苦しみもがいているうちにロープが限界までよじれ、首を締めてしまったのだろう。これは僕のミスである。
 さらに、昨夜は亡くなった義祖父の法事(逮夜参り)のため家人らが忙しく、一方僕は昨夜福岡出張から戻ったところだったので夫婦揃って欠席していたのが二重に不運だった。結果としてヤギの異常に気付くのが遅れて助けられなかった。ほんとうに可哀想なことをした。
 死んだ「くらら」は、もともと高千穂町内の私設動物園で暮らしていた。その園の閉鎖後、一時は隣町で飼われていたが、縁あって一昨年の夏にここにやって来た。僕らはその直前に子ヤギの「はいじ」を飼い始めたばかりだったが、まだ乳児だった長男のためにヤギミルクが欲しかった僕らは、当時乳を出していた「くらら」を譲り受けたのだった。そのヤギミルクはその年の秋まで出続け、赤ん坊はもちろん、僕ら夫婦や妻の家族たちも飲んで喜んでいた。その後一度種付けを試みたものの失敗し、以後は諸事情から僕らの転居先などが決まって飼育環境が整うまで繁殖は見合わせることにしたため、ヤギミルクにはありついていない。
 死んだ義祖父は動物好きだったので、きっと天国への伴として連れていったのだろう…。そんなことを話ながら、そしてこんな事故をくり返すまいと心に誓いながら、春の日射しの下、妻と二人で「くらら」を埋葬した。

(写真・「はいじ」と「くらら」)
Goat02

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2007年1月27日 (土)

出生確認資格認定

 今週の福岡出張では、いつもの専門学校の講議に加えて別件でもうひとつ、ヤギ関係の講習会を受けて来た。
 正しくは「めん羊及び山羊の出生確認資格認定講習会」というもの。無料で数時間の講習会に出席するだけだというので、実はどんな資格なのか良く知らないままに出かけていった。
 説明によると、まだ出来たばかりの制度らしく事情はこういうことだった。
 数年前に国内でBSE(狂牛病)が発生した後、厚生省と農林省が対策に乗り出した一環として、ウシだけでなくヤギやヒツジ(めん羊)でも屠殺の際にウシ同様の検査が必要になった。この際,出生1年未満の若齢のものと、それ以上のもので扱いが異なり、前者だと検査不要となる。ところが現状として、ヤギやヒツジは出生日の記録のない場合がほとんどで、本来なら必要のない検査を課されたりといった不便が生じている。そこで、出生日の公式記録を作れるようにする制度が整えられ、その手続きができる人材を養成するための講習が全国で開かれるようになった…ということだ。
 実質的には出生1年以内に屠殺の予定がある、つまり主に食肉用のヤギ・ヒツジにのみ関係する話で、そういった場合も含めて出生確認は所有者らの任意、つまり義務ではない。
 まぁ、僕らの場合、ヤギ飼育の主目的は搾乳・除草・愛玩であるから、積極的に肉用ヤギを扱うつもりはない。ただ、搾乳のために種付・出産が必要であり、出生子ヤギの余剰分が生じた場合には、食肉用に売却する可能性もあり、いずれは必要になるかもしれない。何より、動物の飼育と畜産には全くのシロートである僕にとっては、いろいろ勉強になった(気がする)。

 

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2007年1月 5日 (金)

ヤギの肥(コエ)出し

 今日は妻の実家で肥だし作業の手伝い…いや、「手伝い」などと言ったらバチが当る。僕ら夫婦は2頭のヤギを所有している。しかし、実際にはヤギとウシの飼育経験のある妻の実家で飼っており、日常の世話の多くは義祖母や義母に任せっぱなしだ。
 ただ今日の作業はそのヤギたちのいる小屋(元牛舎)の床にたまった肥(糞尿)を堆肥(タイヒ)小屋に移すもの。これが結構な力仕事なので、さすがに年寄りに任せるのは申し訳ない。
 というわけで朝から出かけて行き、年寄りに子守を頼んで、ようやくツワリが明けたらしい妻といっしょに肥を掻いた。肥の醗酵具合を観察しつつ、いつか自分達でヤギ小屋を建てる時はどんな作りにしたらよいかなぁ?なんて話しながら作業を続け、何とか昼前に作業を終了。先日の耕耘機作業とはまた違った筋肉がヒーヒーと悲鳴をあげている。

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